Little AngelPretty devil 〜ルイヒル年の差パラレル

  “気になるあなた?”
 


          




 それこそ学校にもよるのだろうが、大学はおおよそ“前期・後期”という学期割になっており、1年を分ける前期の試験は秋の始め、九月辺りに設けられるところが多い。そんなせいでか夏休みに入るのも早く、欧米の学校のように六月中にも休みに入るところもあるとかで、
「高校みたく、夏休み前の七月半ばに前期試験を構えるってところもあるらしいが。」
「そんなしたら、研究とか学会参加とかに時間取れなくなるじゃん。」
「そういうこと。」
 大学の“先生”にあたる、教授や助教授や講師の方々は、そのまんま学校の施設にて自分たちの研究もなさっておられ。理数系・文系どっちにしても、大変お忙しい身でもあったりするので、夏休みや春休みや秋の連休といえば、集中しての研究に打ち込める大事な期間でもあろうから。
「賊大は いつからだ?」
「ん〜? 確か六月の末だったような気がするが。」
 履修している教科の講師の都合で早まりもするからなと、今のところはまだ未定という言い方をする葉柱が、妖一の脇に手を入れ、ひょいと抱えてシートから降ろして差し上げる。もう四年生なんだからとご本人は言って聞かないのではあるが、それでもまだまだ不安なので。相変わらずに補助シート…というか、背もたれという格好の鉄パイプのガードをシートの後ろの縁へと取り付けている葉柱のゼファーであり、
『こんなんつけてるなんてカッコ悪くないか?』
 いつまでも子供扱いされているようで面白くないと口許を歪めた小悪魔様だったが、
『そうか? 4WDのバンパーみてぇなもんだと思やいいじゃねぇか。』
 以前まで付けていた、いかにもな“チャイルドシート”よりはマシだろと、これ以上は譲れませんと取り合わない所存でいることを言外に示すオーナー様には、
『む〜〜〜。』
 モノがモノだけに珍しくも逆らえない坊やだったりもして。
(苦笑) 到着したそのキャンパスは結構広くて緑も多く、構内の途中にある学生生協で昼食を見繕い、レジ袋をワシャワシャ鳴らしながら辿り着いたはアメフト部の部室。
「おーっすっ。」
 金髪坊やが子供らしからぬ尊大なお声をかけての中へと踏み込めば、一回生部員らがやはり昼食をとっており、
「おお来たか。」
「今日は昼までなんだな。」
「そーゆーこと。」
 ふふんと、この年頃で既にきれいに峰の通ったお鼻をそびやかすと、
「サー・トレ
(サーキット・トレーニング)の日だろ? 手伝いに来てやった。」
 やっぱり偉そうに言ってのける坊やへと、
「お手やわらかにな。」
 他の面々もくすすと苦笑。二回生三回生の先輩方の姿が見えないのは、何と“遠慮して”のことだそうで、
『俺らはゼミの研究室とか集まる場所が他にもあっからよ。』
『そうそう。此処は一回生が優先して使やいい。』
 ミーティングの時以外の使用優先権を、向こう様から譲って下さったのだとか。
“そろそろルイや銀のお行儀のいい態度も、その外づらの“箍”つか“枠”つかが緩み始めている頃合いだかんな。”
 体育会系には必須の“年功序列”を仄めかしたところで意味がないことくらい、高校時代に実力主義を拳で通させた、大規模な“下克上”が執行された折のそのまんまな面子同士なので、先輩陣も重々承知。
“まあ、この顔触れが進学してくると知ってて、なのに居残ってたって事は、少しはアメフトも好きだってことなんだろけどサ。”
 そう。悪夢再びを避けたいなら、顔を合わす前にとっとと退部していりゃあいいのだ。それとも、今度こそは…暴力沙汰が起きれば公式戦停止になるぞという建前をかざしての、絶対屈服を強いてやろうなんて企んでいたとしたならそれこそ無謀。高校の時は、春休み中に葉柱が単独でうるさ型を全員伸して回ったそうだが、今度は今度で恐ろしい最終兵器さんがいる。入学式後から春大会の間までは、そりゃあ生真面目で誠実に“新入生ですから”という立場を守っていた彼らだったので。それに気を良くしてか、3年前を忘れた とある鳥頭な先輩さんが、事もあろうに葉柱へ、それも…打ち上げの飲み会中に“煙草を買って来い”などという使いっ走りのような真似をさせた。これにぴきりと青筋立てた一回生の面々に対しては、何とか葉柱自身が押さえてその場を収めたもんの。

  ――― その翌日からこっち、
       その先輩さんは大学の構内へも姿を見せぬようになり。
       そのまんま“自主退学”してったそうで。

 文字通り“怖いもの知らず”でがさつな野郎だったから、後になって“葉柱議員の息子で斗影先輩の弟さんになんてことを”なんてカッコで、怖くなったり気にかけたりってこともなかろうに。じゃあ一体どうしたんだろうかと、先輩がたが額を寄せて案じていたところ、
『▼▼▼さん? さあ知らない。ただ、俺の知り合いのランパブのおねいちゃんと歩いてたの見たけれど。』
 どういう理屈からか、一回生たちが問いただした可愛らしい小学生が、けろっとそんなことを言い、
『ただ、あのおねいちゃんは、すっごい怖いおじさんと一緒に住んでて、毎晩迎いに来るからね。』
 凄いんだよ〜? お友達のやっぱりこあいおじさんたちと、このこのこのってこづき回してサ。もう大人で こ〜んな大きなお兄さんにだって、ごめんなさい言わせたりするんだよ〜? なんてな恐ろしいこと、きゃっきゃと笑いながら付け足したもんだから。しかもしかも、
『…お前、さては。』
『知〜らな〜いも〜ん♪』
 何ですか、その目一杯に含みのありそな付け足しのやり取りは。まるで、その坊やの采配1つで、そんな運びに持っていけると言わんばかりじゃあございませんか。もしかして▼▼▼の野郎は…と、怯えもって訊いたところが、
『………実はそうなんですよねぇ。』
 何でもこなせるこの坊やには、一回生たちも高校生時代に結構痛い目を見せられて来ているのでと、
『何たって歓楽街のアイドルで、キャバクラ勤めのお姉さんたちに顔が利くって話ですし。』
『その伝手で、ヒモのお兄さんたちとも仲良しこよしだって言ってましたし。』
 なんてことまで、あっさりと肯定したもんだから。
『ひぃいぃぃぃぃっっっ!!』
 どこまでの何を想像したものか、一気に血の気が引いたらしい先輩様がただったそうで。それ以降は、一回生らは元より、時々顔を見せる妖一坊やへまで、
『あっ。…おおお、おう、おう。遊びに来てたのか。』
『まままま、まあゆっくりして行きな。』
 ほら、何してやがるっ、コーラだケーキだ、ポテチはないのか…と、下へも置かぬおもてなしが降って来るようにもなっており。視線が来ると“ひょえぇえぇぇっ”と慌てふためくところなんか、

 “かわいい、かわいいvv

 小学生に言われていては終しまいである。
(苦笑) まま、そういう現状だったりするので、誰に気兼ねをするでなく、知った顔ばかりの中、買って来たばかりのお昼ご飯に手を付ける坊やだったりし。高校時代の部室のような半地下ではないので、なかなかに明るく。初夏というより盛夏に間近いほどのいい陽気に、ドアも窓も開け放った室内を、時折 緑の香をはらんだ風が吹き抜けてゆくのが心地いい。
「さっきルイにも話してたんだけどサ、夏休みはどうすんだ?」
 コロッケパンにかぶりつき、口の端についたパン粉の粉を払ってもらいつつ(勿論、すぐお隣りに座してた総長様に…)、そんな訊きようをする坊やへ、
「合宿だな、やっぱ。」
「うん。」
「先輩たちが言ってたし…。」
 ちろりんと皆の視線が向いた先。ああほら、貸してみ、お前じゃ堅くて開けられないだろと。坊やの手からスパークリングゼリーの容器を取り上げ、手際良く開けて差し上げてるところの、大きな手をした総長さんが、
「ん? …ああ、兄貴が毎年、別邸とか宿舎を合宿所に提供してたからな。」
 それが今年度からは“俺のダチが”って扱いに変わるだけの話、まま高校ん時の延長みたいなもんだと、事もなげに言う。なかなかに太っ腹な言いようだし、自慢げでもなくの何とも豪気な態度ではあるものの、
「ほれ、開いた。」
「さんきゅーvv
 ペシッと、少し堅い目のシーリングを剥がしてやって、坊やの小さな手へ渡してやりながら“傾けると零れっぞ”なんてな気を回してやる甲斐甲斐しさには、
“…見えない見えない。”
“そうそう。”
“一口やろっか、ほらア〜ンなんてやり取りも、聞こえてもない。”
 威厳が減るからと、敢えて見ないでいられるようになっているのも、これまた三年越しのお付き合いの賜物というものか。こうして、体力も精神も鍛えられてきた今年の賊大一回生らは、一味も二味も違うのだ。

 「…胸張って言えるこっちゃねぇけどな。」
 「銀さ〜ん。」
 「水差すのやめて下さいよう。」

 あっはっはっvv 中身は結構ひょうきんな彼らだが、そんでも一応…去年までは佐端沿線とその幹線道路の一帯をまとめ上げてた面子でもあって。特に肩を怒らせて歩いているという意識もないのだが、それでも。醸し出す雰囲気とやらがあるせいだろうか、その顔もあまり“普通一般”の学生とは親しい縁を広げてもない様子。そんなせいでの、これも余波というものか、
「そうそう、そういえば。」
 ふと、テトラパックのフルーツオレを大事そうに飲んでいた井上が、思い出したように言い出したのが、

 「何かこの頃、ルイさんのことを訊いて回ってる奴がいるらしいですよ?」
 「はぁあ?」

 彼の一言へ、だが、
「あ、俺もそれ訊いた。」
「俺も俺も。」
 誰も彼もからのお声が上がり、
「何だ、いきなり。しかも全員でとはよ。」
 ご当人である葉柱が呆れ、そして、
“ルイのことをねぇ。”
 おや、いきり立たないんですね、妖一さん。
“葉柱議員の息子だかんな。それにアメフトで関東大会まで行ってるし。”
 注目されても不思議はないからなと、あくまでも静観の構えを取りたいらしい。でもでも、お耳は正直で、しっかと立っていたりもしますけれど。
(笑)
「それが随分と遠回りから訊いて回ってるみたいなんですよね。」
「そうそう。俺らに直接って訊き方しねぇってのか。」
 アメフト部のってのはすぐにも引き出せように、グラウンドや部室へ来る気配もないですし。
「何なんでしょうかね。」
「…お家の関係でしょうか。」
 家は家で自分は自分という割り切りをいつもきっちり付けている彼なので、あんまりそこのところには触れないほうがいいのだが、何分にも…参議院選挙が近い頃合い。都議の葉柱議員も応援じゃ何じゃで駆り出されることもあるのではないかいなとか、素人なりに思ってしまう彼らだったらしく。
「…。」
 妙な話へ、う〜むと少々考え込むようなお顔をした葉柱だったが、
「まあ、気にすんな。」
「はい?」
 いや、俺らのことじゃなくってと。双眸ぱちくり瞬いた面々へ、
「良くも悪くも隠してねぇのに、今更俺の素行をどうこうしてぇような奴が、そっち関係に居るとは思えねぇし。アメフト関係なら尚のこと、下手に隠すような何かがあったって覚えもねぇからな。」
 馬鹿正直なほど、アメフトへはフェアを通すお兄さんだから、だからこその自信もあるのだろうが。
“隠すだけの頭がねぇってだけの話じゃんか。”
 こらこら、妖一くんっ。
「詰まんねぇこと言ってねぇで、腹膨れたならぼちぼちグラウンドの支度にかかれ。」
「おうっ。」
 あくまでもサバサバしたお顔を通し、お仲間たちを追い立てる頼もしい総長さんだが、
「…。」
 恐らくは余計な心配に気を取られるなという意味合いもあっての、気にするななんだろなと目串を立てた妖一くん。
“…しゃあねぇな。”
 ここは俺が動いてやっかと、レモン味のゼリーを機械的な手つきでぱくぱくと平らげていれば、
「…お前も、だかんな。」
「何が?」
「余計な手回しとか、すんじゃねぇって言ってんだ。」
 あらあら。察しがいいというか、言い当てられてしまったというか。プラスチックのスプーンを口許に当て、
「何だよぉ、まだ何にも言ってねぇだろが。」
 ぷく〜っと膨れるお顔の、なんとも愛らしいこと。
“う…っ。”
 こいつ、まさかわざとやってんじゃなかろうな。いやいやわざとの方がまだマシだ、自覚もなしの気づかないで、こんな顔あちこちで見せてやがるなんて、その方がけしからん…って、おいおい、葉柱さんたら。
(笑) 余計なことへと気が逸れかかったのを、ぶんぶんとかぶりを振っての振り飛ばし、
「勝手に訊き込みじゃ何じゃ、するなっつってんだよ。いくらコネがあるとかPCの達人だからったって、いつまでも舐めてかかってると、いつかは怖えぇ大人にぶち当たっちまうぞ?」
 お顔をわざわざ近づけて来までして、いいか?と念を押す葉柱へ。う〜〜〜と唸ってから、
「そんな危ないことまではしねぇもん。」
 ぷいっとそっぽを向いた妖一だったものの、

  「大体、そんな下んねぇことに躍起になられっと、
   こっち向かねぇ分だけ、俺が詰まんねぇだろうがよ。」

 え…? そっぽを向いてた坊やの小さな肩が微かに揺れて。今なんて言いましたかと、確かめるかのようにお顔を戻す。お隣のパイプ椅子へ、高々と足組んで座ってた総長さんが。気がつけば…その足をほどいての前かがみ。腿へと肘を置いての姿勢を低くしていて、小さな坊やへお願いしますと頭を下げんばかりになっているようにも見えて。

 「…ルイ、猫背になってるぞ。」
 「はぐらかすんじゃねぇよ。」
 「えっと。」
 「どうなんだ。」
 「……………うん。探りの手は出さない。」

 しゃあねぇな、ルイが構ってくれって言うんじゃあな。そんな可愛げのない付けたしをしたのにね。お兄さんはよしよしと満足げに微笑うばかりだったから、何か気が抜けちゃった坊やだったりし。そして、

 「相変わらずだな、総長とあの坊主。」
 「俺らより腐れ縁してますよねぇ。」
 「つか、ありゃあもう“古女房”の次元じゃね?」
 「日頃は尻に敷かれてる旦那がたまに男気見せるのへポッてなるんすよね。」
 「…誰が本当の夫婦の話をしとるか。」

 追い立てられたはずの皆さんが、戸口の脇の壁に張り付くようになって、お話を聞いてたりするところも…これまた相変わらず。これだけの余裕があるのですから、今期の新生フリルドリザード、なかなかの戦績をご披露できそうな気配です。

  “…でも、気になるのは気になるよな。”

 こらこら。







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  *夏休みのお話が思ったよりも長くなっちゃいましたね。
   もちょっと続きます、はい。
(苦笑)